水銀体温計とは?仕組みや原理と精度
体調が悪い時に体温を測るために使うのが体温計ですが、現在最も普及してるのはデジタル式のサーミスタ体温計ですが、一昔前は水銀体温計が一般的な体温計でした。今も小中学校の理科の実験では使用しているところもあります。
1700年代に初めて発明されて以来、長年に渡って体温測定を支えてきた水銀体温計ですが、馴染みがなくなったこともあり詳しく知る方は少なくなりつつあります。そこでこちらでは水銀体温計の仕組みや原理と精度についてご紹介してきます。
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水銀体温計とは?
冒頭でも触れましたが、水銀体温計は一昔前なら体温計と言えばこれと言うほどポピュラーなものでした。ガラス製の細長く平たい本体の中心に水銀が入った管が入っており、その隣に均等に目盛りが刻まれている体温計です。腋などに先端部を挟むことで、温度によって水銀が膨張し、対応した目盛りまで上昇することで体温を計測できます。
水銀体温計の特徴
上述のように水銀体温計は非常に簡易的な作りとなります。現在のデジタル体温計の多くはこれよりも複雑な構造をしており、多くの場所で水銀体温計に代わり普及しています。
しかし一昔前までは水銀体温計が一般的な体温計として認知されていました。長い期間、水銀体温計に代わる商品が普及しなかったのは、水銀体温計の精度の高さが要因にあります。これは仕組みにも関わってくるため、仕組みと原理、精度については後述させていただきますが、この高さは水銀体温計の特徴でもあります。
また簡易的な作りと比較的手に入れやすかった水銀のおかげで商品自体で安価で販売できたのも普及した要因となっています。ただこの簡易的な作りのおかげで破損しやすいという欠点もありました。
水銀体温計は計測した後、リセットするために上昇した水銀を先端近くの溜りに戻す必要があり、これには慣性の力を利用して本体を振る必要がありました。この時、周りの物にぶつけてしまいガラスが割れてしまうことがあったと言います。
水銀体温計の危険性
割れるだけなら片づければいいのですが、その中に入っている水銀が問題でした。現在販売されている水銀体温計の水銀は液化した状態で体内に入っても無害ですが、気化した状態で体内に入ると有害と言うことが分かっています。
水銀自体、高度経済成長時代に四大公害として恐れられた水俣病の原因物質でもあります。そのため長く水銀体温計の危険性は問題視されてきました。この危険性を鑑みて同様の仕組みで無害なものを代替えした商品として灯油・アルコール式体温計が販売されています。
しかし、水銀体温計にとって代わることはありませんでした。これはひとえに水銀体温計の精度が高かったことと灯油・アルコール式より安かったこともあり、一般的には水銀体温計の方が普及し続けたと言われています。
やがて技術の進歩とともに、水銀体温計に代わる安全で精度が高い便利な商品の開発と言うコンセプトのもとサーミスタ式体温計が誕生したという背景もあります。誕生当初こそ精度はあまり高くなく価格も高めでしたが、改良を重ねることにより徐々に普及し、水銀体温計の姿を見ることはほとんどなくなってしまいました。
それでもそ正確さから一部では根強い人気があり、姿はあまり見なくなったものの今でも製造販売は続けられています。
水銀体温計の仕組みと原理
それではそんな精度の高い水銀体温計の仕組みと原理について見ていきましょう。
とは言っても先述したように仕組み自体は実に簡易的な物です。開発された1700年台にはまだ精密機械はなく、電子的な制御は一切ありません。それなのに精度が高いのは、このシンプル仕組みと水銀の性質に要因があります。
まずこの水銀体温計は熱伝導と膨張を利用しています。熱膨張とは接触している物体どうしが熱を伝える性質のことを言います。例えば体温計を腋に挟んだ際、皮膚と体温計が接触し、そこから熱伝導が起こっています。
ちなみに熱伝導は温度が高いものから低いものへ移動します。冷たいものを触ったとき、その冷たさが皮膚へ移ってくるような錯覚を起こしますが、あれは体温が奪われて冷たくなっているだけなので勘違いしないようにしましょう。
腋の下や口の中で体温計と接触すると、体の熱が体温計の水銀に伝導し、温度が上がった水銀は膨張します。膨張とは体積が増加することを言います。気体が温められるとその体積を増やすのも膨張です。これを利用したのが気球になります。
もちろん気体・液体・固体の三態に関わらず、温度が上がった物質は膨張を起こします。膨張した水銀は、逆流を防ぐ留点を通り抜けて細い管である毛細管を上昇していきます。温度ごとによる水銀の膨張の度合いに合わせて目盛りが振られているので、規定の温度に達すると膨張が止まり、温度を測定することが出来るのです。
この仕組みに水銀の性質が加わり、体温計として機能しているのですが、仕組みの中に登場した熱伝導や膨張、そして水銀の性質は物理的または化学的な内容となるので、ここでは割愛させていただきます。
水銀体温計の精度
以上のような仕組みで水銀温度計で温度が測定できます。ただ熱伝導により水銀の温度が上昇し、体温と同じ温度になるまでに10分程度を要します。そのためこの間、安静を保ち続けるのは少々辛いですが、確実に体温と同じ温度を数値として示してくれる実測式となっているので、その精度は信頼に足るものがあります。
デジタル式であるサーミスタ式体温計の実測式でも正確な温度を測るためには10分程度の時間を要します。理由は水銀体温計と同じですが、これには検温部が体の内部と同じ程度に温まった温度である平衡温に達する必要があるためです。
つまり平衡温に達するということは、実際の体内の温度と検温部の温度が同じになることと同義であり、それを直接測定しているので正確な数値として認識できるのです。これが水銀体温計の精度が高いと言える1つの要因となっているのです。
水銀体温計の使い方
それでは水銀体温計の使い方を簡潔にご紹介しておきます。詳しくはこちらの関連ページに記載していますのでそちらも参考にした上で使用するようにして下さい。
- 水銀が35℃より下の部分に下がっているか確認する
(下がっていない場合は本体を振って、水銀の位置を下げる) - 安静状態を保てるようリラックスして座る、あるいは寝られる状態を作る
- 腋の下(または口の中の舌下)に入れて、体温計が10分ほど待つ
この際、体温計の先端を腋の中央部に押し上げるようにしてキープする
計測の仕方は簡単ですが、3はかなり重要です。途中で腋が開いてしまったり、動いて体温計がズレてしまったりした場合は、正確に測定できないので最初からやり直す必要があります。また左右どちらの腋を使ってもいいのですが、計測をする場合は毎回同じ腋で測った方が比較なども正確にできます。
定番のおすすめ水銀体温計
それでは水銀体温計のおすすめ商品をご紹介したい、ところなのですが、実は世界保健機構(WHO)が2013年に出した声明にて2020年までの水銀体温計の段階的な使用の中止と全廃を目指すと発表したことを受け、次々に破棄され、製造も縮小し現在はほとんど販売されていません。そのため今なお販売されている商品をご紹介していきます。
日本計量器工業 / フェバー体温計
現在の価格はコチラ |
日本計量器工業から販売されている水銀体温計です。舌下温や腋下温の検温に使用できます。ご紹介してきた通り、簡単に測定でき正確に検温できる昔ながらの体温計になっています。扱いにさえ気を付けて破損しなければ半永久に使える経済的な商品でもあります。
体温計に使用される水銀の性質について
水銀の性質は物理的及び化学的な内容であるため上述ではご紹介しませんでしたが、気になる方もみえるかもしれませんので、あくまで本編とは関係ない付録としてこちらに記載させていてただきます。また熱伝導や膨張についても、ここで再度触れておきたいと思います。
水銀について
まずは水銀についてです。水銀は原子番号80の元素で、元素記号はHgと表記されます。常温・常圧(標準温度20℃で標準大気圧1atmの状態)で凝固しない唯一の金属元素で、銀のような白い光沢を放つことからこの名がつけられています。水銀鉱山で採掘され、主に硫化物である辰砂(HgS)と共に自然水銀として産出します。
先述したように水銀は体に有害です。しかし古代において辰砂などの水銀化合物は、その特性や外見から不死の薬として珍重されてきました。特に中国の皇帝に愛用されており、不老不死の薬「仙丹」の原料と信じられ錬丹術に用いられてきました。
その他にも飛鳥時代の女帝・持統天皇や始皇帝を始めとした多くの権力者が水銀を飲み、中毒で命を落としたと言われています。
その後、中世以降は水銀は毒として認知されるようになりましたが、水銀化合物は使われ続け、日本ではメチル水銀が工場排水として排出されたことによって起こった水俣病を起こすなど、危険性を知りながらも使用されることが多かった物質です。
水銀の性質
さて、この水銀がなぜ体温計に用いられたのか、それは熱膨張性の良さと、温度に対する膨張係数が線形に近かったためです。簡単に言ってしまえば体積が増えやすく、その増え方が一定の割合で変化していく性質を持っていたということです。
また水銀は先述した熱伝導しやすいという性質も挙げられます。熱伝導とは物理学的に言ってしまうと、物質の移動を伴わずに高温側から低温側へ熱が伝わる移動現象のひとつを指します。この伝わりやすさが物質によって違い、その伝わりやすさを判断するものとして熱伝導率という数値があります。
熱伝導率
ご存知の通り、フライパンに用いられるステンレスなどの金属は熱が伝わりやすくなっています。つまり熱伝導率は高いということになります。水などの液体は熱伝導率が低いため、熱が伝わりにくく、そのため沸騰するまでに時間がかかるとも言えます。このことから、身近にあるものなど皆様がよく知る物質と水銀との熱伝導率を一覧にしてみました。
材料 | 熱伝導率(単位:W/m・K) | 融点(℃) | 沸点(℃) |
ダイヤモンド(C) | 1000 ~ 2000 | ※1 | ※1 |
銀(Ag) | 420 | 961.78 | 2162 |
銅(Cu) | 398 | 1084.62 | 2562 |
金(Au) | 320 | 1064.18 | 2856 |
アルミニウム | 236 | 660.32 | 2519 |
鉄(Fe) | 84 | 1538 | 2862 |
ステンレス鋼 | 16.7 ~ 20.9 | ※2 | ※2 |
水銀 | 8.30 | -38.83 | 356.73 |
ガラス | 1 | ※2 | ※2 |
水(H2O) | 0.6 | 0 | 100 |
木材 | 0.15 ~ 0.25 | ※2 | ※2 |
空気 | 0.241 | ※3 | ※3 |
※1 ダイヤモンドやその構成元素である炭素は温度だけでなく圧力によって状態変化するため複雑なので割愛
※2 ステンレス鋼は合金成分、ガラスや木材は構成成分の割合で融点と沸点が違うため割愛
※3 空気は主成分となる窒素や酸素、その他の物質のそれぞれの融点と沸点が違うため割愛
上記のようになりますここからも分かるように金属は基本的に熱伝導率が高く、熱を伝えやすいことが分かります。数値は小さいながらも水銀も熱を伝えやすいことが分かっていただけたと思います。
また融点と沸点からも分かる通り、温度を測る30~50℃程度の範囲で液体でいられるのは金属の中でも水銀だけと言うことになります。そうなるとある程度熱伝導率が高い液体となると水銀は適していると言えるのです。
熱膨張性
続いてもう1つの性質である熱膨張性です。以下は液体の体膨張率(物質に熱を加えたときの体積の増え方を表した数値)です。今回の水銀の性質にはこちらが関係してきます。
物質 | 体膨張率(%/℃) |
エタノール | 1.08 |
水 | 0.21 |
水銀 | 0.181 |
比較のためにエタノールと水を代表例として出させていただきました。水銀は最も小さい割合となるのが分かると思います。水に近いですね。本来であれば線膨張率と体膨張率の難しい計算をしなければならないのですが、微分などを使用するため、こちらでは避けさせていただきます。
さて、この数値をどうとらえるか、と言うことですが一見すれば体膨張率は低いような気がしますが、このおかげで水銀体温計がコンパクトにまとまっているとも言えます。0.181%/℃くらいなので、例えば10℃温度が上がると水銀が1.8%膨らんだと言えます。
水銀体温計に使われている水銀の量は1.2g程度であり、密度が13.6g/cm³程度となっているので、体積は以下のようになります。
1.2g ÷ 13.6g/cm³ = 0.088...cm³
つまりおよそ0.09cm³の体積なので、その1.8%膨張すると0.09162cm³となります。非常にわずかな気がしますが、体温計の水銀が通る毛細管は非常に細く、水銀自体も水銀糸と呼ばれるほどの細いものとなっているので、このわずかな膨張でもあっという間に上昇していくのです。
これは温度が上昇するにつれてほぼ正比例で膨張していくため、一定の割合で目盛りが打てるのです。この毛細管とそこを通る水銀糸の実現により、現在も使われるコンパクトで正確な体温を測れる水銀体温計が出来ているのです。と、難しい内容なので参考程度に見ていただければ幸いです。